■沿革

 明治36年4月、富山県立農学校校舎として建設される。和洋折衷2階建てで明治以降の代表的な建築である。昭和62年「富山県の建築百選」に選定された。平成9年5月、国の重要文化財に指定された。

■様式

 コロニアル様式という木造下見板張りペンキ塗り、上げ下げ窓の西洋建築のデザインを基本とし、玄関ポーチ部分は、建物から突き出しているが、その上方は、ベランダとなっているだけで、2階の壁面は、まっすぐに通っている。ただポーチの上の窓だけがギリシャ風の飾り窓になっていて、その上方、2階屋根に特徴あるゲーブルが乗っている。建物の床は高く、玄関の開き扉の上は、半円形の欄間となっている。

 

■「巖浄閣」と命名

 昭和43年8月8日、移築と修復工事の成った旧本館は、吉田知事を迎え、「巖浄閣」と命名された。

■命名の由来

 命名者 吉田知事の言葉より「島巌先生は、人格高潔で衆中に傑出した方と聞いており、先生の先見を尊敬する意味で名付けた。
 また、先生の浄財によって建てられた高楼と解釈されてもよい。」 

 

 

 春  夏

 


 

 

ゲーブル

 

正面玄関、開き戸の飾り窓及び欄間

 

 

2階講堂(大正初期)

 

 階段 

■保存資料 

  • 簡易農学校設立の際における書類
  • 明治28年度農学校概況
  • 富山県立農学校一覧並びに施設要領
  • 農学校時代の制服・帽章・ボタン等
  • 明治・大正・昭和時代の教科書
  • 「校友会雑誌」、「東雲」、「同窓会会報」等